園子温

きのうは初めて園子温の映画を観て、おもしろくて元気が出たから、久しぶりにエプロンを着てお店に降りて仕事を手伝おうと思っていたんですけど

幸人さんに応援されながら幸人さんの後について、息を呑んでお店に入ると、入店のチャイムが鳴って、心臓もがんばりながら厨房に進むと涼ちゃん以外の家族全員が大集合していて

ギャーと思ったのも束の間に、おかーさんが「えっ!ネオちゃん無理せんでいいよ〜!?休んどきよ、無理に動くとキツイんやろうけんなあ〜!休んどっていいよ!」と言って、追うようにおとーさんが「あ、ああっ、ネオちゃん無理せんでください〜!」とニコニコ言って

幸人さんは、こっちを心配そうな感じの顔で見ながら「ごめんごめん、上がっていいよ、気をつけてね、ごめんねー」と言いながら急いでタイのアラ煮を客席に運びに行ったので、何か、想像していたより皆が皆のままで、気持ちがヤバかったのはわたしだけで、皆優しくて、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。


一旦外に出たものの、脳みそが部屋に絶対戻りたくないってダダをこねたように感じたので、そのまま右に進みながら、エプロンを適当に脱いで、脳みそが言うまま川沿いをずっと歩くことにした。


「こんなことしちゃっていいのかなー」「これ着地点どこ?」「夜なのにね」「危なくない?」「でももう脳みその信号的に考えて戻れないし」「めっちゃ川に光反射しててキレイ!」「車で通るひとが全員わたしに舌打ちしながらこっち見てる気がする」「それはマジで気のせいすぎる」「猫じゃらしある」


猫じゃらしをちぎってみたけど、猫じゃらしのふわふわの部分に小さい虫とかが付いていたらイヤだな〜と思ってすぐに捨てた。

そのあと彼岸花が一輪だけ咲いているのを見つけて、これがいいなと思って、折るようにして摘んだ。


少しすると川を渡れる橋が見えて、その橋を渡って、そこからありえないくらい長い距離をまっすぐに歩いた。

摘んだ彼岸花は、ずっとニギニギしていたら茎の部分がヘナヘナになってしまって、それでも花の部分だけはキレイだったので、なんつーか首の折れた女王みたいになっていた。


途中、高速道路みたいな雰囲気の長い橋みたいな形になっている道を通ったりもした。

その道がいちばん怖かった。

しっかりした歩道はあるもののマジで車しか通らないし、だからといってこんな所でわたし以外の人が通っても怖いし。

橋みたいな道路の両サイドには、もう永遠に空が見えなくなってしまったような高い壁があって、景色もわからなかった。

その壁のすき間に、錆びた小さい包丁が転がっていて、ちょうど彼岸花を持って歩くのにも疲れていたし、包丁と彼岸花はおなじジャンルだろうし、まあいいかと思いながらその包丁の横に彼岸花を置いた。


それからは、ただ知っている道を辿りながらアホみたいな距離を歩いて、だれにも見つからないようにしながら部屋に戻った。

けどなんとなく、まだ部屋はちがう気がして、行くところもなかったし、仕方なく屋根の上に登った。


お風呂場のおおきい窓を無理やり出ると、右側に錆びきったはしごがあって、そこを登ると屋根がある。

屋根っていっても屋根っぽくなくて、たとえばその屋根を横から透視すると凹のようなかんじ。

そこに二時間くらいいた。

半袖のままだったのでめちゃくちゃ寒かったけど、まだ部屋はちがう気がして、通る車を見ながら歌をうたったりしていた。


たしか石崎ひゅーいの歌をうたい終わったときに、はしごを降りた。

きっと幸人さんが消したお風呂場の電気が消えていて、月明かりにわたしの影ができていて、その影がまるで忍び込む怪盗みたいで格好良かった。


きたない靴下を脱いで部屋にもどって自分のアイフォーンの時間を見た。何時って書いてあったかは思いだせない。

お店に降りられるような気がしたので部屋を出ようとしたら、幸人さんの声で「ねお〜」って隣の部屋から聞こえて超ビックリして「ワー」っておもわずふすまの陰に隠れてしまって、そしたら幸人さんは隣の部屋の電気をつけてこっちに来て「おかえり、きょうはどこ行ってきたの?」って固まってるわたしの頭をなでながら猫なで声で聞いてきた。

だけど、わたしのコミュニケーションエネルギーが完全に切れているせいで、声もあんまり出なくて、フニャフニャフニャフニャ言ってると「ほらコアラのマーチ食べろ〜」って言いながらわたしの口の中に次から次へコアラのマーチを入れてきて、苺バージョンのコアラのマーチおいしくて幸人さん優しくて元気が出てきたので、きたなかった手を洗って幸人さんの手をにぎった。


幸人さんはラムネみたいなお菓子もくれて、ジュースもくれて、そのあと「オレ寝るから一緒においで」って言うので待ってたら「ねおちゃん体が冷たいから布団かぶっときな」って毛布をかけてくれて、返事して鼻まで毛布かぶって、寝る準備をしてる幸人さんの行動を目で追ってるとなんか嬉しくなってフフフ、フフフって布団のなかで小躍りをしたりした。


幸人さんが寝るまでしばらく布団でモゾモゾしていたけど、幸人さんの寝息がきこえだしたので、お腹もすいていたし一階に降りて味噌汁を温めた。

そしたら入り口から涼ちゃんが来て、「ねおちゃんごはん食べた?パエリア食べん?」ってパエリアを半分わけてくれた。

たぶんわたしの元気がないことを知っている涼ちゃんは、「いっぱい食べよ〜、貝も二つあげちゃう、あと鶏肉もつけちゃう、特別やけんな〜」ってニコニコしながらほんとうにいっぱいくれた。


わたしの食べるスピードが遅すぎて、さっさと食べおわった涼ちゃんは特別編みたいなコンビニで売ってるかんじのウシジマくんを読んでいた。

たまにおもしろいページがあると笑いながらわたしに見せた。

なのでわたしも、園子温の映画めちゃくちゃおもしろかったですよ、って話をした。


食べおわってお皿を洗って、涼ちゃんと話しながらそれぞれ部屋にもどって

わたしはいつもみたいに、元気があるときと同じみたいに、洗濯をして、お風呂に入って、お布団の掃除をして寝る準備をして、寝相がヤバくなっている幸人さんを真っすぐに直して、いとも簡単に眠りについた。